葬儀にかかる費用について

葬儀費用とは、

・棺や祭壇、儀式の管理進行に伴う人件費等を含んだ、葬儀社へ直接支払う費用
・火葬費用や式場を借りた場合に発生する式場使用料
・通夜・葬 儀告別式にふるまう飲食接待費用
・そしてご会葬された方々への香典返しの費用など葬儀社に事前に立替えてもらっている費用

を指します。
また、僧侶や神官、牧師や神父につつまれる宗教者、寺院等へのお礼が加わります。

生死(しょうじ)の苦海(くかい)

(願生寺のお話より)

覚如上人が書かれた「報恩講式」に信謗共に因となって、同じく往生浄土の縁を成ずとあります。
阿弥陀さまのご本願を信順(信じしたがう)することも、

まだ疑謗(疑いそしる)も因(たね)となって、

浄土へ往生ことのご縁となってくださいます。

ご本願を信ずることは要でありますが、

疑うことや謗ることも大事な因となり縁となっていきます。

ご本願の名号(南無阿弥陀仏)は、私が疑謗している姿を通して、

摂取の光明となって下さいます。

名号を称えることは、私が抱えている無明の闇を破って下 さるとともに、

私の命の総てが如来さまの真の願いに生かされてくるのであり、

そこから明るくて力強い人生が始まっていきます。

ある五十三歳の主婦のお話です。

身体の不調を感じて、お医者さんで検査を受けると診察結果は肺ガンでした。しかも数ヶ月の寿命とのことです。家に戻ってからは毎日、家のことやご主人のこと・我が子のことや自分のことで思い悩むことになりました。
そんなある日、とある人から歎異抄を読むように勧められました。
歎異抄は親鸞聖人の教化の語録を弟子の唯円坊さまが書き留められたもので、聖人の飾らないそのままのお言葉『自名告』が幾つも載せられてあります。
その中の一つに、
聖人のつねのおおせには、「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり。されば、そくばくの業をもちける身にてありけるを、たすけんとおぼしめしたちける本願のかたじけなさよ」と御述懐そうらいし
とあります。
この箇所を読まれたご苦悶する婦人の心に、「そくばくの業をもちける身にてありけるを、たすけんとおぼしめしたちける本願」はこの私の為であったと届いたことでありました。
生死の苦海ほとりなし  ひさしくしづめるわれらをば
弥陀弘誓のふねのみぞ  のせて必ずわたしける
とご和讃にあります。
苦海に深く沈む私を、たすけると誓われた如来のご本願を信じ、お念仏を喜ぶ身にさせていただくということは、苦がなくなるということではなく、苦が苦でなくなるのです。

このご婦人は死ぬ間際まで日記を書いておられました。その一部を紹介いたします。
家を新築した時は主人と二人でポンプの打ち込みをし、壁付けも共にしました。貧しかったことが、何より夫婦愛を深めたと思います。共に働き、共に楽しむことが出来たのは主人のお陰であります。(抄)
三月になって胸の中やお腹に痛みを感じるようになりました。暖かくなったら外の仕事をしたいと思います。風が冷たくて出来ません。主人達に済まない気持ちになります。
今後この病気はどのように変わっていくか分かりません。何もかも仏さまにお任せして念仏もうすほかありません。
私の寿命は分かりませんが、一日一日を大切に生きたいと思います。
私の病気のことで主人には大きな心配をかけました。まことに申し訳なく思います。
何日かは主人と別れなければなりません。夫の後に妻が行く(逝く)のだと聞いておりましたが、私の勝手な思いを許してもらおうと思います。(抄)
主人の優しい心と目に感謝しながら、手術台に乗る覚悟です。私の生涯は幸せ者でした。家を出て病院へ行く時はもうこれでお別れになるか分からない身です。お仏壇にお参りして仏さまとご先祖に最後のお礼を申しました。私は幸せ者です。
今日も一日ありがとうございました。合掌
「なもあみだぶつ」と歎異抄を一回読ませていただきました。一日一回は拝読させてもらっています。(抄)
ご婦人はこの日記の二日に安らかに逝かれました。

親鸞聖人のお手紙(御消息)の返事に
往生の本意とげておはしまし候こと・・・めでたきことにて候へ
とあります。 称名

念仏をもうす

一般に広く読まれている歎異抄の中に、

親鸞聖人が、語っておられたお言葉が出ています。

親鸞におきては、ただ念仏して弥陀(阿弥陀如来)にたすけられまゐらすべしと、

よきひと(源空)の仰せをかぶりて信ずるほかに別の子細(方法)なきなり
ここで、「ただ念仏して」とありますが、親鸞さまは唯信鈔文意に、
「唯」はただこのことひとつといふ、ふたつならぶことをきらふことばなり。

また「唯」はひとりといふこころなり。

「信」はうたがひなきこころなり、すなはちこれ真実の信心なりと説明されています。

恵美子さんという十三歳の娘さんがなくなった時にその様子を聞いて、大変感動を受けた事があります。
彼女は仏縁の深い祖母の感化を受けて育っておりましたが、十三歳の時に肺炎の病を患います。

入院している恵美子さんを友達が見舞いにやってきます。友達と一緒に「みほとけに いだかれて」という仏教讃歌をよく歌っていました。

一、みほとけに いだかれて きみゆきぬ 西の岸
なつかしき おもかげも きえはてし 悲しさよ
二、みほとけに いだかれて きみゆきぬ 慈悲の国
みすくいを 身にかけて しめします かしこさよ
ある日の事、娘さんが高熱の中をうとうとと眠っている時

ベットの側で両親が、恵美子さんの病気の事で言い争いをしています。

その声を聞いて目を覚ました彼女は、父と母の手を自分の胸に引き寄せて、「ナムアミダブツ」と念仏しながら「もう喧嘩はしないで。

お父さん、お母さん。 私たちの言葉の中で一番素晴らしいのは、仏さまを讃えるナムアミダブツだとお婆ちゃんから教わった事があるよ。

だからナムアミダブツと称えてよ」と言った そうです。恵美子さんは日頃から両親の仏縁が薄い事をとても淋しく思っていたのです。
暫くして、彼女の息づかいが荒くなった時、

そばにいた人達が泣きながら恵美子さんの名前を呼ぶと、

「みんな泣かないで。泣いたら仏さまの国へ行きづらくなるから・・・」

と言いながら次第に意識が消えていきました。

その様子を見ていた父親は大声で、「恵美子よ、ナムアミダブツ」と叫ぶと、

彼女は苦しい息の中から「さようならお父さん」と言ってまもなく息を引き取ったという事です。

仏法は聴聞に極まるといいますが、

仏法を聞くのに別に条件があるわけではありません。

素直に聞く耳を持てば如来さまの方より往生(浄土に生まれる)は治定(さだめる)せしめたもう事なのです。
「信心が定まるとき」とは如来さまの願いが聞き開かれた時であり、今の私が明るく決着が付くという事です。

親鸞聖人が八十五歳の時に詠まれた「正像末和讃」のはじめに
弥陀の本願信ずべし 本願信ずる人はみな摂取不捨のりやくにて 無上覚をばさとるなりとあります。

八十八歳には乗信坊に宛てて書かれたお手紙のご返事に
信心の定まらぬ人は 正定聚(不退転)に住したまはずして 浮かれたまひたる人なり
と、記されてあります。

せっかく人間として生命をいただきながら、お念仏のまことをいただくことなく生死(まよい)の闇をさまよって一生を終わってしまってはすべてが徒事(いたづらごと)であります。
お念仏の信心は、私の人生を明るく実り豊かにし、生きている喜びを与えてくださいます。

唯信鈔文意に「変成金」について、
如来の本願を信ずれば、瓦・礫の如くなる我らを、金に変えなさしむと譬えるなりとあります。
辛く悲しい私の一生を、如来さまの願いを通して、深い味のある人生に変えてくださる有り難い教えであります。

渋柿や しぶがそのまま 甘味かな